ハルとツバメ

自分というフィルターを通して脚色した、物語的日記の世界。

聖徳太子と法隆寺 奈良国立博物館

はじめに

先日、奈良国立博物館で開催中の特別展「聖徳太子法隆寺」の特別鑑賞会に参加してきた。

そこで伺った解説と展示品を見た感想について記したい。

 

研究員さんによる解説

今回参加したのは特別鑑賞会で、鑑賞の前に研究員さんによる解説をいただいた。

以下要点をまとめる。

 

見どころ

明治時代、廃仏毀釈から宝物を守るため献納され、現在その多くは東京国立博物館が所蔵している、法隆寺献納宝物が奈良に里帰り。

聖徳太子は亡くなって100年足らずで信仰の対象となり、その後1300年以上信仰され続けている稀有な存在である。

 

第1章 聖徳太子と仏法興隆

聖徳太子の時代の物を聖徳太子の身の回りにあったであろうと考えて展示している。

奈良時代に中国人が書いたと考えられている唐本御影。東京国立博物館には移らず皇室に残った作品。左が聖徳太子の弟で、右が聖徳太子の息子と考えられている。

太子の真筆とされる法華経の草稿。

その他太子の遺品と伝えられる宝物。

絹が漆で重ねられた太子の棺と思われる破片も紹介されている。

 

第2章 法隆寺の創建

法隆寺創建期の物を展示している。

縁起資財帳は法隆寺にある宝物などを記載したもの。今あるのは写しで、元は8世紀の物。

鬼瓦は飛鳥時代には可愛らしい蓮華模様だった。

劣化しやすい染色も法隆寺により守られてきた。

灌頂幡は聖徳太子の娘が奉納したものと言われている。

その他飛鳥時代の伎楽面など。

 

第3章 法隆寺東院とその宝物

東院伽藍と大会式に関する展示。

東院は奈良時代に再興された部分。

瓦や東院を再興した行信の像。

夢殿の側にある絵殿と舎利殿

奈良会場では絵殿、東京会場では舎利殿に関する展示を行うそう。

現在法隆寺の絵殿にあるのは江戸時代の写し。

ここでは原本を見ることができる。

全10面。平安時代の作。東京国立博物館蔵。

大画面のものを直接見られる数少ない機会。

この絵と聖徳太子坐像は同じ年の作であり、色付けは同じ人物によって行われたと考えられている。

また、奈良時代に夢殿で始められた聖霊会の大会式のお神輿やお面も展示。

お神輿にはお舎利を乗っけるのだそう。

 

第4章 聖徳太子と仏の姿

聖徳太子の姿に関する展示。

聖霊院に祀られている聖徳太子像。平安時代の作。

脇に配されるのは山背大兄(聖徳太子の息子)、殖栗王と卒末呂王(聖徳太子の異母弟)、恵慈法師(聖徳太子の仏教の師)。

山背大兄は唐本御影と似ていることからキャラ設定が固まっていると考えられる。

その他、太子の二歳像、十六歳像、摂政像など。

また仏画として平安時代曼荼羅を見ることができる。

 

第5章 法隆寺金堂と五重塔

金堂、五重塔に所蔵され、普段はわずかな光で遠目に見ている仏像を、間近に見ることのできる展示。

金堂、五重塔飛鳥時代奈良時代をそのままに伝えている。

薬師如来坐像は普段より見やすく展示。

後背の銘文も確認できる。

三尊を並べたところを再現。

四天王像もすぐ近くで見られる。

細部のドレープが丁寧で、下の邪気も可愛い。

玉虫厨子には仏教に伝わる話が描かれているところまで確認できる。

痩せたトラに釈迦が身を捧げる話はトラの口から血が滴るところまでわかるなど、絵がよく見える照明となっている。

また飛鳥時代六観音や塔本塑像も展示。

釈迦の入滅を描いた迫真の表情に注目。

スキャンで、仏像の中にさらに仏像が見つかったり、お舎利が発見されるなど、展示では最新技術による研究が紹介されている。

 

各展示品の感想

いくつか印象に残ったものについて紹介したい。

 

御物 聖徳太子二王子像(唐本御影・法隆寺献納)

よく見かける、聖徳太子聖徳太子の弟・聖徳太子の息子の三人が描かれた絵。

奈良時代八世紀のもの。宮内庁所蔵。

法隆寺で見かけたものは大正時代と書かれていた。あれは模写だったのだ。

原本は4/27~5/16の展示。

「剣の位置が変」というのは友人の指摘。

確かに、振り子のように剣が振れてしまいそうである。

他の坐像でも剣が膝の上に乗るような形で作成されていた。

この時代、剣は腰にさすものではなく、ぶら下げるものだったのだろうか?

敵襲があったとき素早く抜けなくて大変だななどと考えてしまう。

 

天寿国繍帳残片

絹製の刺繍。

飛鳥時代鎌倉時代のもの。

正倉院東京国立博物館、奈良・中宮寺の所蔵。

劣化しやすいものであることと思うが、細かな残片を必死に守り抜いてこられた人々の想いを感じる展示。

 

竜首水瓶

飛鳥時代の作。

胴にペガサスが描かれている。

ペガサスというのは近年作られたファンシーなキャラクターだと思っていたので、飛鳥時代からその概念があったことを意外に思った。

 

聖徳太子絵伝

聖徳太子の偉業を讃える絵殿に飾られた10面の絵。

平安時代の作品で、東京国立博物館所蔵。

現在法隆寺の絵殿にあるのは江戸時代の模写。

先日法隆寺を訪ねた際、何が書いてあるかわからないと思っていたが、こちらは何が描かれているか詳しい解説がついている。

面白いと思ったのは、21才の頃、愛馬で空を飛び富士山に登ったというもの。

それから、前世で法華経を得たのでそれを求めて行動を起こすという場面が度々見られる。

普通に考えたら虚言癖の域なのに、「そっか、さすが聖徳太子!」と信じられ、信仰されてしまうカリスマ性に驚く。

 

聖徳太子および侍者像

聖徳太子500年遠忌にあたり造立された聖霊院の秘仏本尊。(中略)平安時代後期における聖徳太子信仰の高まりを背景に制作された傑作。

(引用:奈良国立博物館 特別展 聖徳太子法隆寺 ポスター)

法隆寺の所蔵。

先日法隆寺にいった際、友人と「聖徳太子どこにいるの?」と小声で話していた像。

秘仏なので見えないわけである。

それがポスターに載っている聖徳太子像。

その重々しい雰囲気とは裏腹に、侍者はユニークな面持ちである。

小難しい話をするときは笑いを挟むように意識する筆者であるが、この像の作者も平安の世にそんなことを意図していたのであろうか。

900年も前に作られたものなのに、なぜか身近に寄り添ってくれるような作品である。

 

おわりに

東京国立博物館所蔵の作品や秘仏のため普段法隆寺では見ることのできない作品が、古の姿を保って一堂に会するのはまたとない機会であると思う。

ここでは紹介しきれなかったが、他にも素晴らしい作品を目にすることができる。例えば仏像の繊細さなど感嘆するばかりである。

指、爪、服のひだといった微細な表現まで鑑賞することができるのは、奈良国立博物館の展示ケースや照明の工夫の賜物である。法隆寺で観たことのある作品も、より細やかな部分を楽しむことができた。

法隆寺でもこのように見ることができればと思ってしまうが、実際は光により劣化してしまうだろうし、劣化しないための照明などは費用もかさみ、お寺で実現することは難しいのだろう。

それにしても、これだけ素晴らしい作品群である。

その委細をぜひご自身の目で見て欲しい。

 

会期・会場により観覧料・展示物等が異なるため、ホームページで確認の上お出かけされることをお勧めする。

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